QLOOKアクセス解析
Text Size : A A A
お久しぶりです。
久しぶりなのに長いです。

そのプレゼントは今年の誕生日に仕事をしているときにやってきました。差出人には友達。
バリバリと袋をやぶいて中をあけると中にはお手紙と絵本が1冊。
手紙を最初に開けたらカードの最後には
「私の気持ち、みんなの気持ち受け取ってください」とのメッセージ、
もう1つの手紙には「what I love about you」の50個の羅列。
実はその時点でかなり胸いっぱいだったのだけど、絵本のページを開いてびっくり。
そこに並んでいたのは私の大好きな人達、総勢22人からのメッセージでした。


誕生日おめでとうと共にみんなの私の好きなところがずらずらと。
それはよくある形式だけのお祝いではなくて、
それぞれがその人のことばで書かれた本当にちゃんと心のこもったものでした。
長いのも、短いのもあってとても各人らしくて読んでいて涙があふれました。
その多くは直筆で、一体私の知らない間にどうやってこれを集めたのだろうと
考えれば考えるほど気が遠くなる感じがしました。
そしてあまりにもいろんな人がちゃんと自分のことばで
私のことを好きだって書いていてそれがあまりにも優しくて、
たくさんで溢れすぎて、これはまずいと一度閉じてしまったくらい。 
                               
「うれしかった」というではぜんぜん足りなくて正直どうしていいのかわからなかった。
全部を読んで床の上に寝転んで窓の向こうの晴れている空を見ながら、
長い間ぼうっとしてしまいました。                             

私は自分が好きなのを伝えるのはすごく上手というか、
相手のことを100%信用しているのでブレないし、
別に相手がどう思っていようとけっこう平気。(恋愛は別)
でも受け取るはすごく下手。本当に下手。
それは自分嫌いの時間が長くて
「自分のことをそんなに好きになるとか」
「私を大事に想う人なんていない」とか今でもどこかで思っているから。
だから褒められても、好きだと言われてもなかなか信用できない。
信じて傷つくのがいやだからその保守なのだろうけど。
実はサプライズを受け取る側もそんなに得意じゃない。
第一に大概のサプライズはなんとなく気づいちゃうのと
あと急にきてどう受け止めていいかわからないから。
本当は嬉しいのに、でもそれがなくなったときのことを考えると
なんか喜びすぎちゃダメって制御しているというか。
たぶん半分くらいこころを閉じて受け取っている気がする。
私が現実主義なのもたぶん保守。
「人生はそんなに甘くない」ってそう思っていれば、
何か嫌なことがあってもそんなに傷つない。 

でもあれを開いたら、そんなの吹き飛ばされそうになった。
そのくらい大きくてびっくりした。
あまりにも明るくて大きな光で
pixie dustとか小さな規模じゃなくて頭の上に虹がかかるとかそのくらい。
そう、虹。まるで虹みたいにいろんな色がキラキラしていたのです。

本当はものすごく忙しくて、時間がなくて(書籍の原稿の〆切がせまっていた)
それどこではなかったのに、
私はその後もしばらく床の上でその絵本を胸に抱えて長い間空を見ていました。
もう1度開いたら、受け取りすぎると思って(笑)
              
この気持をどう返したらいいだろうって、ずうっと思っていて、
それであの時に見えた虹の写真を同封してみんなにありがとうのお手紙を書きました。
22枚の虹の写真にナンバーをふって、
「No rain, no rainbow」のメッセージを一心不乱に書いてそれぞれに入れて
シールングワックスで閉じたのですが、
その日の夕方にその手紙を持って友達に会いにいったら玄関で出迎えた友達のTシャツに
「No rain, no rainbow」って書いてあってさすがに鳥肌がたちました。
そんなTシャツなぜ持っている!そしてなぜ着ている!(笑)
でもまあ世の中ってそういうもので繋がるときは繋がるものです。
(そしていま考えるとあのスケジュールの中でよく手紙あれだけ書いたなあ、と思いました。
しかもなぜシーリングワックス!みたいな。封をするだけで2時間くらい費やしている。)
             
本当にうれしすぎて、ちょっと疲れたときはこの絵本を開いて、
寝る前に開いて、気づいたら開いて(笑)
すっかりそれぞれのメッセージの場所と内容を暗記してしまうくらい。
ああ、この嬉しい気持ちを形にできたらいいのに、
とそんなふうに思っていたらいろんなことが繋がって
それは美しい写真と文章により本の中に真空パックされました。
いつでもそのときのことを思い出せるきっかけとして
「手紙のある暮らし」という本の中に収まっています。      
 (Click!) 

この本は著者の一田さんのこんな文章ではじまります。

『机の前に座り、便箋を用意して、ペンをとって便りを書く。
宛名を書き、切手を貼り、ポストに投函する。
ボタンひとつで送信できるメールと違い手紙を出すには時間も手間もかかります。
慌ただしく過ぎていく普段の暮らしの中に、ちょっとすき間をあけて、時間を作る‥‥。
自分のことばかり考えていた頭を切り替えて相手のことを思い浮かべてみる。
もしかしたら、手紙を書くことで、いちばん変わるのは自分自身の心模様かもしれません。
そんなプロセスを経て送った手紙は、きっと手紙ではないと伝えられない何かを運んでくれるはず。
そして受け取った手紙は人の人生をはるかに超えてそこに残り何度も読み返すことができます。
私たちが想像する以上に、手紙に宿る力は強いもの。
心を静かにして、今日は誰かに手紙を書いてみませんか?』 

本の中には一田さんが取材された15人のいろんな方のお便りまつわるエピソードが収められています。私の絵本の話もその中のひとつとしてあります。
こんな時代だからこそ、より伝わるお手紙。手紙っていいなあ、と改めて思う1冊です。
手紙の書き方や、切手の貼り方や、小さな工夫あれこれも(手紙好きには)すごく役に立ちます。どうぞよかったら手にとって読んでみてくださいね。
     
見本紙が届いたその日に、即パッキンして前もって用意しておいたお手紙をつけて送り届けたのはこの絵本のプロジェクトを企画してくれた彼女。一番届けたい人にちゃんと気持ちも届いてよかった。
                        
私の宝物を形に残せるきっかけを作ってくれた編集のSさん、
「虹の写真をちょうだい!」という突然のお願いに快く引き受けてくれた文さん
(「お手伝い券」使って〜←まさかの、写真の対価はカツオ並の手作りチケット笑)
私の熱すぎる想いを美しくまとめて下さったライターの一田憲子さん、
本当にありがとうございました。

そしてメッセージをくれた22人のみなさんに、
それを企画実行してくれた友人に改めてありがとう。
I love you all!!

Img_641bb54e42afb1918a997a52c9acc7f4
Img_085a547e11d71fe3bfbdd088357c8ea1
Img_93616b555976fcc8a7392dcb4cabe5d0
Img_ebec60b261b4ec590dbd4acba9d115d8
Img_9a459a2dd41cb64e813efadd44b96266
Img_c6dd2c900b26473f64d70675b6869ae7
日に2度も更新なんて!

ぼんやりしてたら11月もあと残り10日とちょっと。
わー!12月!

これからのクリスマスシーズンが好きです。
私もそろそろ準備をはじめております。
お菓子の国のサンタクロースですから。


今日、ふとしたことで自分の作ったシュトーレンが
自分の知らない場所で話にでてきている知ってちょっとうれしかったです。
今年ももちろん作ります。


旅のおみやげにクリスマスのトッピング材料をたくさん買ってきました。
使いたくて、さっそくケーキを焼いて友達にプレゼント。
今年1番のクリスマスプレゼントだよ!と言われました。


今月末に、早めのサンタクロースになる予定。
ちゃんと届けますよ。
気持ちと気持ちを結んで魔法をかける、それが目標。

Img_30d35b3e5e77159e6c41b4c37e896572
猫が生きているか、死んでいるかそれは箱を開けてみるまでわからない。



量子力学の分野では「シュレディンガーの猫」 (Click!) という有名な解釈がある。
詳細は検索していただければたくさん出てくると思うので
ごく簡単に説明します。

中が見えない箱に毒ガスが発生する装置がありまして
そこに猫を入れます。
毒ガスはある粒子を感知して発生されます。
粒子が存在しそれを感知したら毒ガスが出て猫は死んでしまう。
逆に存在しなければ猫は生きている。
さて一定時間後中の猫はどうなっているか?
ま、そんな話です。

すみません。
たぶん理系の人など分かる人から読んだら
「ぜんぜん違うから!」って怒られると思うのですが。
これは「重なりの状態」に対してのなんかパラドックスの説明…
もうわからないのでやめます(笑)
そのくらいしかわかっていないので
でも私にとってはこの解釈というか意味合いはすでにもうよくて
(そしてたぶん理解できない)

私がはじめてこの話を知ったのは哲学に関しての本の中でした。
ああ、猫は箱を開けるまでどうなっているか知ることはできないのだなあ、と
それを読んだ時、自分の中に理解になって落ちてきました。
そしてすなわち「それがいいのか、悪いのかは未来にならないとわからない」
そんな解釈になって私の中にずっと居続けています。

何かつらことや悲しいことや嫌なことがあったとき
それは何があっても自分にとってマイナスの出来事なのはかわりないけど
未来が楽しければ
それは、必要な経験だったとか、
あれでこそわかったことはあるとか
まあそんなこともあったよね、とか
そんなふうに思えるのだと

逆にいいことも楽しいこともうれしいことも
それに気づいて大事にしなくては
いい気になって、感謝しなくなって、自分勝手になって
そうしたら未来はひとりぼっちで
栄華というか、そうだったったからこそ
すごくさみしい、落ちぶれた気持ちになることだってあり得る



人生で落ち込んだときは
いつも「シュレディンガーの猫」のことを思った。
「箱は開けるまでどうなっているかわからない」
もう、学説とかではなくそれは私の単なる未来的展望への象徴(笑)
膝を抱えてベットに座る私の隣にはいつも猫が見えていた。
大人になって猫を飼ったことなど1度もないのに。


そんなわけで猫に助けられて今はここにいます。



おかげで今はキラキラですよ。
人生、楽しくて仕方ない。








私がずっと大好きで憧れている堀井さんの小さなカタログを
それを撮ったカメラマンさんがプレゼントしてくれた。

私が「好きだ」アピールをしすぎなのだが(笑)

そのときもすごく嬉しかったのだけど
1日経って、朝に窓を開けて
しとしと降る雨を眺めながら
カタログを見て

自分がお菓子の本を作っていてその撮影の現場で
憧れだったあのカメラマンさんが撮ってくれていて
しかも堀井さんのカタログをプレゼントしてくれるなんて!

幾重にも重なった
幸せの中にいることに改めて
うわああああああ、と。

もう本当に、過去の自分に手紙を書きたいと思った。
とにかく頑張れ、と
あなたの未来はすっごいスペシャルだから!と
今の悲しい気持ちは全部無駄にならないからって。

ひとしきり、幸せを噛み締めて
今のこの気持のまま書いておこうと思って書いています。


雨の中にも猫が見えた。
しっぽの長い猫。
私の、未来の光の先への案内人。



ただいま秋に出る本の絶賛撮影中。




Img_f35678dd090faf6c14a432fab8e99699
撮影の合間にサプライズ誕生会。
写真を撮るバースデーガール!